陶芸・越中瀬戸 1954–

釋永 由紀夫

Yukio Shakunaga しゃくなが ゆきお

略歴

  1. 1929祖父・釋永庄次郎が越中瀬戸焼の復興を志し、上末に登り窯「庄楽窯」を築く
  2. 1954富山県立山町の越中瀬戸焼の窯元に生まれる
  3. 1975庄楽窯を継承
  4. 1975林屋晴三の指導を受け、備前の金重素山に師事する
  5. 1980s韓国の古窯跡探訪を始める。以降、利川窯・清州窯・聞慶窯で作陶
  6. 19964月、京都で初個展。スティーブ・ジョブズ夫妻が来場し、以後、制作依頼が続く
  7. 2004庄楽窯の登り窯を自ら設計して一新する
  8. 2026第22回 茶の湯文化に触れる市民講座「立山の白土」講師(富山県教育文化会館、6月28日)

企画展・アートフェア

  1. 海外ニューヨーク、ミラノ、台北、ハンガリーで作品展示
  2. 韓国利川窯、聞慶窯、清州窯にて作陶
  3. 認定富山県「伝統工芸の匠」認定

Story

白土に想いを託す

千年前の須恵器に始まり、430年続く越中瀬戸焼。長い歴史は、立山の麓に産する多種な陶土に支えられてきました。今も、茶褐色、黄色、青、赤茶と色識別される粘土を掘って使っています。

この中に特別な粘土と言える白土があります。白土は鉄分がなく、粒子は細かく耐火度が高いのが特徴です。登窯の高温部で焼くと陶器でありながら精緻な磁器の性質に近づいて来ます。430年前の古文書に白土のことが記され、黎明期では加賀、前田家の御用窯が独占して使用していました。

20代の頃から、中国や朝鮮陶磁器の美しさに触発されて、韓国の古窯地では作陶を試みてきました。高麗茶碗と称される半島で作られた茶碗は釉薬の発色に加え、それぞれに用いられた土の焼け味に心惹かれました。

轆轤で茶碗を作る時、上には伸びるものの横には広がり難しかったりと、土の個性は様々です。然し、自己主張の強い土ほど、魅力的な表情を見せてくれます。陶工の大事な仕事は土の持ち味を知り、良点、欠点を併せ持って魅力を引き出す事が大切と思っています。

この頃、自分にとって最良の土は、生まれ育った立山の土との思いが深まってきました。幼少の頃、雪解けした春の山間へ粘土掘りに行く、祖父 庄次郎の後を追いました。土を舐めて良し悪しを感付けし、小さいながらも少量の土を背負わされ、仕事を手伝った気分でした。

白土を手にすると、風土の景色、育まれた歴史、文化へと連想が広がっていきます。この土を持って何を表現しようか。上下無限。作陶を通じて自分の心の中を探り、又は定め、心安まる祈りを求め表現し続けることで、自らを高めて行きたいと願っています。