陶芸・越中瀬戸 1954–
釋永 由紀夫
Yukio Shakunaga しゃくなが ゆきお
立山の白土に向き合い、越中瀬戸焼を今に伝える。スティーブ・ジョブズが京都の個展に足を運び、以後長く制作を依頼した陶芸家。

1954年、富山県立山町の越中瀬戸焼の窯元に生まれる。越中瀬戸焼は明治・大正期にいったん途絶えたが、昭和4年、祖父・釋永庄次郎が復興を志して上末に登り窯を築いた。窯名の庄楽窯は「庄次郎が楽しむ窯」に由来する。1975年、由紀夫がこれを継承した。
林屋晴三の薫陶を受け、備前の金重素山に師事。韓国の利川窯、聞慶窯、清州窯でも作陶を経験した。
1996年4月、京都で開いた初個展にスティーブ・ジョブズ夫妻が来場した。会期中に三度足を運び、茶盌や花入を求めるとともに、土について問いを重ねたという。以後、本人からファックスで注文が届く関係が続いた。作品はニューヨーク、ミラノ、台北、ハンガリーでも展示されている。富山県「伝統工芸の匠」認定。
用いるのは工房の裏山から自ら掘り出す立山の白土である。粒子が細かく耐火度が高く、焼き上がりは陶器と磁器の中間のような肌理になる。造形は鎬と面取を軸とし、焼成は2004年に自ら設計して一新した登り窯による。工房は立山町上末、富山平野の最深部にあたる越中瀬戸の里にある。
《澱青鎬花入》越中瀬戸焼 W31.6 × D29.5 × H37.6 cm
Story
白土に想いを託す
千年前の須恵器に始まり、430年続く越中瀬戸焼。長い歴史は、立山の麓に産する多種な陶土に支えられてきました。今も、茶褐色、黄色、青、赤茶と色識別される粘土を掘って使っています。
この中に特別な粘土と言える白土があります。白土は鉄分がなく、粒子は細かく耐火度が高いのが特徴です。登窯の高温部で焼くと陶器でありながら精緻な磁器の性質に近づいて来ます。430年前の古文書に白土のことが記され、黎明期では加賀、前田家の御用窯が独占して使用していました。
20代の頃から、中国や朝鮮陶磁器の美しさに触発されて、韓国の古窯地では作陶を試みてきました。高麗茶碗と称される半島で作られた茶碗は釉薬の発色に加え、それぞれに用いられた土の焼け味に心惹かれました。
轆轤で茶碗を作る時、上には伸びるものの横には広がり難しかったりと、土の個性は様々です。然し、自己主張の強い土ほど、魅力的な表情を見せてくれます。陶工の大事な仕事は土の持ち味を知り、良点、欠点を併せ持って魅力を引き出す事が大切と思っています。



読みもの
略歴
- 1929祖父・釋永庄次郎が越中瀬戸焼の復興を志し、上末に登り窯「庄楽窯」を築く
- 1954富山県立山町の越中瀬戸焼の窯元に生まれる
- 1975庄楽窯を継承
- 1975林屋晴三の指導を受け、備前の金重素山に師事する
- 1980s韓国の古窯跡探訪を始める。以降、利川窯・清州窯・聞慶窯で作陶
- 19964月、京都で初個展。スティーブ・ジョブズ夫妻が来場し、以後、制作依頼が続く
- 2004庄楽窯の登り窯を自ら設計して一新する
- 2026第22回 茶の湯文化に触れる市民講座「立山の白土」講師(富山県教育文化会館、6月28日)









