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ピカソ《オレンジを持つ子ども》の来歴 — 画家の家族の手もとから
一点の絵を手もとに迎えるかどうかを考えるとき、絵そのものと並んで確かめたいのが、その絵が歩んできた道のりです。ピカソ《オレンジを持つ子ども》は、誰の手を経て、どこで展示され、どの本に載ってきたのか。作品に添えられた資料の記録だけを、年代の順に並べます。

1951年、末娘パロマ
《オレンジを持つ子ども》は、1951年にピカソが末娘のパロマを描いた作品です。合板にエナメルで描かれ、大きさは108 × 89 cm。裏面には「9.1.51.」と日付が書き込まれています。パロマは1949年の生まれです。
ピカソは、青の時代やバラ色の時代から晩年の肖像まで、子どもを描き続けた画家です。とりわけ自らの子どもたち——パウロ(1921年生まれ)、マヤ(1935年)、クロード(1947年)、パロマ(1949年)——を描いた作品は、その画業のなかでも親密で生気にあふれた作品群に数えられると、資料は記しています。本作は、その末娘の肖像にあたります。
来歴 — 記録に残る三つの名前
資料が記す持ち主は三者です。
最初はパリのクロード・ピカソ。画家の息子で、1947年生まれ。描かれたパロマ(1949年生まれ)の兄にあたります。資料には、1953年にフランスのヴァロリスで撮られた、ピカソと子どもたち(クロードとパロマ)の写真も収められています。
次がスイス・ツークのギャルリー・グムジンスカ。そして2006年、同画廊から個人コレクションに移りました。
展覧会 — 1953年から2003年まで
本作は描かれてから二年後の1953年、ローマの国立近代美術館(5–7月、no. 113)と、ミラノの王宮(9–11月、no. 154)で開かれたピカソ展に出品されました。どちらの図録にも図版が載っています。
1966年11月から1967年2月にかけてはパリのグラン・パレ「ピカソ賛」(no. 221)に、続く1967年3–4月にはアムステルダム市立美術館の「ピカソ展」(no. 108)に並びました。アムステルダム展では、図録の表紙をこの作品のカラー図版が飾っています。ここまでの四つの展覧会は、いずれも画家の存命中(ピカソは1973年に没)のことです。
1996年にはニューヨーク近代美術館の「ピカソと肖像画:表象と変容」(4–9月)に出品され、図録の432ページにカラーで載りました。このときの題は《オレンジを持つパロマ》です。資料の記録のうち、別の題が注記されているのはこの展覧会だけです。展覧会はその後、パリのグラン・パレに巡回しました(1996年10月–1997年1月)。
2003年2–5月には、バルセロナのピカソ美術館「ピカソ:カリカチュアから様式の変容へ」(no. 207、198–199ページ、カラー図版)に出品されています。
文献 — 五つの本
本作を図版とともに収めた本として、資料は次の五つを挙げています。1954年のアラゴン『Picasso: Deux périodes, 1900–1914 & 1950–1954』(no. 28)、1965年のP・デックス『Picasso』(201ページ)、1972年のJ・レマリー『Picasso: The Artist of the Century』(267ページ)、1974年のP・デカルグ『Picasso』(104ページ、カラー図版)。そして2013年のC・ゼルヴォス『Pablo Picasso: Works from 1946 to 1953』第XV巻(Cahiers d’Art、no. 175、104・166ページ)です。
同じ題を持つ、ゴッホの絵
「オレンジを持つ子ども」という題の絵は、フィンセント・ファン・ゴッホにもあります(1890年、油彩・キャンバス、50 × 51 cm)。作品資料にはこの作品の図版も添えられていますが、本作とは別の作品です。作者と制作年で見分けられます。
作品の詳細とご相談
作品の図版と、来歴・展覧会歴・文献の一覧は、作品のページにまとめています。実物の拝見や価格のご相談は、お問い合わせから承ります。
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