
来歴
- 元は全十二図の肉筆画帖として伝わった一開。画帖の題簽には「天保七丙申年日本諸國大飢饉ニして路上ニ倒るゝ者多し 此時北齋翁高齢七十七歳ニして此肉筆畫帖を考案し 僅ニ糊口を凌けりと云ふ」と由来が記されています。
この作品について
江戸の鮭
今日では身近な食材である鮭も、江戸時代には庶民が日常的に口にできる魚ではありませんでした。とりわけ蝦夷地から塩鮭が大量に運ばれるようになる以前、鮭は貴重な食材の一つでした。また塩そのものが高価であったことから、江戸中期頃までは塩鮭も決して一般的なものではなかったと考えられます。北斎は鮭を好んで描いた絵師の一人であり、身近でありながら特別な意味を持った魚を、簡潔な筆致で生き生きと描き出しています。
葛飾北斎の他の作品
Discover More
発見
一覧に出していない作品が、まだあります。
会員の方には、公開していない作品と価格をご覧いただけます。ご購入のお申し込みも会員のページから承ります。
ご登録の前に、作品についてのご相談だけでも承ります。
- 会員限定作品の閲覧
- 価格のご確認
- ご購入のお申し込み
- 新着と展覧会のご案内












